|
昔、俺には弟が居た。 その弟は俺よりずっとしっかりしていて、一人でも十分生きていけるやつだった。 しかし弟は決まって俺にこういうんだ。 『一人で生きていける人なんていないよ。僕には兄さんが居て、兄さんには大切な人が居る。それは僕ではないけど』 そういって笑う弟がひどく寂しそうで、俺はあわてて否定したもんさ。 『そんなことねーよ。俺はお前が一番大切だ』 そしたら弟は少し困ったような顔をして、 『ありがとう。嬉しいよ。兄さん』 なんて曖昧に笑うもんだから、俺は何も言えなくなっちまった。 今の俺はそれをほんの少し後悔している。 しかし何も言えなかった事を後悔しているのかと聞かれれば否、それは違う。 俺が後悔してんのは、お前が大切だと言っちまった俺自身さ。 大切だという言葉に偽りはねーけど、それは弟として、だ。 一番じゃない。 俺が一番大切だったのは・・・・・・・・・・・。 ほんと、今更だけど、今更なんだけど、 一番大嫌いだと思ってたあいつ。 俺はお前が死んだとき、涙なんかでやしなかった。 たった一人の弟なのに、ああ、くるときが来たんだ、そうとしか思わなかった。 弟は前から体が悪かったし、よく病気をしたし、入院すると聞いたあの日と同じ気持ちだった。 そりゃ入院すると聞いたときは心配したもんさ。 毎日看病に通ったもんだ。 大丈夫かって声かけて、大丈夫だよ、と返してくれるとひどく安心したけどよ。 だけど驚きはしなかった。 寂しくも無かった。 悲しくも無かった。 だから病院から電話がかかってきたとき、俺は電話を取れたんだ。 泣きじゃくる両親をよそに、冷静に対応できたんだ。 そしたら後は早いもんだ。 さっさと葬式を決めて、黒い服に包まれて、写真の中で笑うお前にさようならを言った。 そしたら後は元通り、さ。 いつものように学校にいってよ、友達と馬鹿騒ぎして、大嫌いなあいつと喧嘩して、ほら元通り。 違うのはみんなが俺を心配してくれたことだけだな。うん。 別に心配なんかしなくていいのによー、俺はへいきだっつうの! でもそんな気持ちもあいつに一声かけられただけで崩れ去ったもんだ。 ぽろっと涙が出て、あいつは一日中俺のそばに居てくれたっけ。 泣きじゃくる俺を慰めながら・・・・・。 でもごめんな。 そのときはやっぱり死んだことが悲しかったのかと思ったけど、そうじゃなかったんだ。 ただあいつの優しさに感動しただけ。 こんな俺でも心配してくれるやつが居るんだなって思ったら、なんか泣けてきちまってよ。 まあそれは勿論あいつだったからなんだろうけどよ。 それからはほんの少しだけどあいつと仲良くなった。 学校帰りにあいつの家に寄ってみたり、二人でゲームセンターに行ったり。 素直に気持ちを伝えれば、あいつも素直に答えてくれた。 まあまだ喧嘩ばっかしてたけどな。 それでも仲良かった、と断言できるほどには距離が近づいたと思う。 完全に変わったのはあいつが事故に遭った、と聞いたときだ。 俺はそのとき目の前が真っ暗になった。 今病院に入院しているそうよ、というクリスの声も聞こえず、ただただあいつの無事を願った。 どうか救ってくださいと。 柄でもないのに神に祈った。 毎日が不安でしょうがなかった。 見舞いに行ってやればいいのに、傷ついたあいつを見るのが怖くて、行くことが出来なかった。 そんな俺がやっと安心できたのは、退院した、とクリスに聞いたときだった。 ああ良かった、本当に良かった。 安心のあまり、俺はその場で泣いてしまった。 それからというもの、あいつの顔をまともに見れなくなった。 自分の中の気持ちに気づいてしまったからだ。 ああ、俺、こいつのこと好きだったんだ。 そう思ったらなんかむしょうにすっきりした。 そして同時に悲しくもなった。 あいつが俺を好きなはず無い、と、断言できたからだ。 叶わない恋ほど悲しいものは無い。 俺はいつの間にかあいつを避けていた。 もう一週間も顔を合わせてないな、と思いながら学校に行こうとしたその日、ふと弟の写真が目に入った。 そして弟がよく言っていた言葉を思い出した。 『一人で生きていける人なんていないよ。僕には兄さんが居て、兄さんには大切な人が居る。それは僕ではないけど』 昔はその言葉の意味が分からなかった。 だから大切なんていった。 だけど今なら分かる気がする。 だって弟が死んでも俺は生きてるし、笑ってる。 確かに悲しくないなんていったら嘘になるけど、それでも笑っていられるのは、あいつが居たからなんだ。 いつも泣きそうなときにそばに居てくれた。 立ち止まりそうな時に手を引いてくれた。 だからあいつが入院したと聞いたときに絶望を感じた。 俺はあいつなしじゃ生きていけないと分かってたから。 ああ、そうだよ。 俺が一番大切なのは俺自身でも弟でもない、あいつなんだ。 ライバルで親友でそして俺の大好きな奴。 あいつが一番大切だったんだ! そう思ったらいてもたっても居られなくなって、あいつの家まで走った。 インターホンを鳴らせば一週間ぶりに愛しい声を聞く。 そのまま俺だと伝えれば、待ってろだけ言われてインターホンが切れる。 そしてドアの向こうから走る音。 開いたと思ったら抱きしめられた。 そのときふわっと懐かしい香りが香ってくる。 ああ、やっぱここが一番落ち着くな。 なんで今抱きしめられてるんだろうとかんなこたぁどうでもいい。 こいつに伝えたいことがあるんだ。 「俺、お前に言いたいことがあるんだよ。驚くかもしれねーけど聞いてくれねーか?」 そういえばあいつは俺の顔を見る。 相変わらず抱きしめられたままだったけど今は視線が重なっている。 ひょっとしたらこの関係を失うかもしれない。 つーかそっちの方が可能性が高い。 でも、伝えるんだ。 逃げてばっかなんざ俺らしくない。 男は正々堂々と、だろ? ここはいっちょ振られてやろうじゃねぇの。 だってこいつがいなきゃ俺はどちらにしろ生きてられないのだから。 「俺、好きだ!お前の事好きだ!シルバーのこと、愛してるんだ!!」 あれから三年、俺は高校三年生になった。 とくに変わったことはなく、面白おかしい毎日を過ごしている。 ・・・・・・・・・あ? あれからどうなったんだって? それは・・・・・・・・。 まあ、俺がこうして生きていることで証明にはなりませんかねぇ。 『たとえあなたが消えても』 END |